サム・アルトマンの虹彩スキャンシステム「Orb」進化版は、玄関先まで“宅配”されるようになる

「Orb」を使った野心的なプロジェクト「ワールドコイン」(現在は「ワールド」)が描く未来。それは、すべての人が「Orbによる認証」を受ける世界だ。
For biometric verification a custom biometric imaging device called the Orb is used to verify unique humanness and issue...
Worldによる「Orb」。Photograph:Courtesy of World

2023年、「Tools for Humanity」という企業が目の虹彩をスキャンするデバイス「Orb」を披露するツアーを実施した。この球体型の金属製デバイスは将来、人々が生体認証で「人間であること」を証明する必要が出てくると予測し、その実現のために開発された。

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「ワールドコイン(Worldcoin)」(現在は「ワールド(World)」に改名)と呼ばれるこのプロジェクトは、もしOpenAIの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)であるサム・アルトマンが関係していなかったら、失敗する定めにあるテクノロジーで理想郷を実現しようとする計画のひとつとして片付けられていたかもしれない。ワールドコインの構想は、アルトマンが2019年にユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)の実現に必要な個人の認証方法を模索し始めたことがきっかけで始まった。

人間がボットではないと証明する方法

アルトマンは技術者のアレックス・ブラニアと協力して、このアイデアの実現を目指している。急速に進化する人工知能(AI)の世界において、人間がボットではないことを証明することが重要になるだろうと2人は考えている。そこで2人が考案したのが、虹彩スキャン技術を使って個人のトークンを生成し、それを用いて世界中で本人確認ができる仕組みだ。

かくしてワールドコインは、世界の難問を技術で解決しようとする究極の試みとなった。アルトマンが構築している人間と同等の知能をもつAIが主流となる世界は、アルトマンが関与するツールの技術で管理されるようになるかもしれない。

サンフランシスコのミッション地区にある広々とした会場で、アルトマンとブラニアは10月17日(米国時間)、「ワールド・ネットワーク(World Network)」(略して「ワールド(World)」)に改名されたワールドコインの最新のビジョンを発表した。イベントには基調講演、新しいハードウェア、サービス拡充の発表、新製品のハンズオン(アイズオンといった方が適切かもしれない)の体験会が含まれていた。

イベントの参加者は全員、その日中に虹彩をスキャンすることができ、2025年に新しいOrbが出荷される際には、500人の参加者が端末を受け取る予定だと、Tools for Humanityの広報担当者は話す。

「もっとたくさんのOrbが必要です。おそらく現在あるものからさらに1,000個以上は必要になるでしょう」と、Tools for Humanityのチーフデバイスオフィサーであるリッチ・ヘイリーは基調講演で話した。

「Orb」を玄関先まで呼べるように

新しいOrbは真珠のような見た目をしている。NVIDIAのチップセット「Jetson」を搭載しており、「AIの性能は5倍ほど向上」し、より素早く本人確認ができるとTools for Humanityは説明している。とはいえ、それが奇妙なものであることには変わりはない。

ラテンアメリカでは来年から、Orbをピザの宅配のようにオンデマンドで注文できるようになる。Rappiというアプリとの提携により、市民は自宅の玄関先までOrbを呼び、虹彩をスキャンしてワールドのネットワークに登録できるのだ。登録が終わると、Orbは次の場所へと向かう(ユーザーの自宅に届くSDカードには事前登録されたデータなどは含まれていないと、Tools for Humanityのデザイナーであるトーマス・マイヤーホッファーは説明している)。

同社は、ブエノスアイレスとメキシコシティの2カ所に、Orbを使ったスキャンのための施設を開設する予定だ。また、Orbを商店やカフェにも設置し、希望者はカフェラテを注文しながら虹彩スキャンを受けられるようになる。現在、米国には“最寄りのOrbを見つける”ことができる場所が4カ所あり、世界全体では333カ所にOrbが設置されている。

Orbのハードウェアは、目の情報を捉えるためのセンサーと半導体を搭載した機器に過ぎない。取得した生体データはアプリに転送される。これは明らかにデータのプライバシーと保存に関する懸念を引き起こすものだ。この点についてブラニアは、ユーザーがワールドID(World ID)を作成し、虹彩をスキャンしてワールドのアプリに保存する際、データは暗号化され、ローカルデバイスにのみ保存されると話している。

ディープフェイクを防止する新機能

このワールドのアプリとネットワークこそが、アルトマンとブラニアが思い描く本人確認のビジョンを実現する上で重要な要素である。イベントでは、ソフトウェアやサービス面での更新についても発表された。ここではそのうちの重要なものをいくつか取り上げたい。

まず、アルトマンとブラニアは、ワールドID関連サービスを数億人規模にも対応できるように拡張したと説明している。“Orbで認証済み”のワールドIDの保持者はすでに約700万人もいるが、今後さらに大幅に増えることを見込んでのことだ。しかし、この“Orbで認証済み”という言葉には少し不安をかき立てられる。

また、同社は詐欺を防止する手段を提供する「Deep Face(ディープフェイス)」という新機能(「ディープフェイク」をもじった名称だ)を発表した。この機能はFaceTimeやWhatsAppZoomといった仮想のコミュニケーションアプリに対応する。ビデオ通話で自分になりすます人物が現れた場合、ワールドで個人認証を済ませておけば、アプリがその人物が本人ではないことを警告する仕組みだ。

新しいデータプライバシーの原則に従いながら、ある種の顔認識技術が必要となる「ディープフェイス」のサービスをどのように提供する計画なのかと、『WIRED』はブラニアに質問した。

ブラニアはひとつの可能性として、個人のワールドIDがMacコンピューターのローカルに保存され、ユーザーがビデオチャットにログインし端末のカメラを使用する際に、アプリのレイヤーとしてそれが機能する仕組みを説明した。しかし、ワールドはこれを実現するためにアップルメタ・プラットフォームズ、Zoomと正式な提携を結んでおらず、ワールドのアプリがこうした機能に「対応する」という説明にとどまっている。

今日のイベントで、同社は「人間のために設計された世界初のブロックチェーン」である自社のブロックチェーンネットワークを稼働したことを発表した。これにより、数百万人のワールドIDの保持者とワールドのアプリユーザーが、この技術の新しい基盤となるブロックチェーンネットワークに移行することになる。

生体スキャンを実施するOrbとワールドのネットワークは、暗号資産(仮想通貨)のトークン技術に基づいているが、イベントでは「クリプト」という言葉はあまり使われなかった。アルトマンとブラニアは代わりに、ワールドのブロックチェーンサービス、デジタル資産管理、仮想コミュニケーションツールの面を強調していた。

「地球上で最大の金融ネットワーク」

記者への説明会で、ワールドで「地球上で最大の金融ネットワーク」を構築することを目指しているとブラニアは語った。

『WIRED』との別のインタビューでブラニアは次のように語った。アルトマンの自宅で毎週日曜日に開かれる定例会議において、ふたりはPayPalの急成長から大きなインスピレーションを得ていたという。かつてピーター・ティールやマックス・レヴチンらがデジタル決済の分野を開拓し、オンラインでの商取引を根本から変え、その過程で億万長者になったように、ワールドのチームも分散型ネットワーク上でトークンによる同様のネットワークをつくれると考えているのである。

現在、ワールドのアプリは誰でも無料で使用できる。目のスキャンも無料だ。Tools for Humanity自体はベンチャーキャピタルからの出資を受けており、この企業は現代における個人認証市場でのシェアと個人の生体データの取得において、規模の拡大に重点を置いている。最終的には処理の手数料を通じて収益を上げるかもしれないとブラニアは話す。

現時点でTools for Humanityの拡大計画の大部分は米国外に集中していると、同社の広報担当者は語る。これには米国の暗号資産周りの規制が不透明なことが関係している。

米国でOrbとそれに対応するアプリを使用した場合、虹彩をスキャンして情報を保存はするが、ワールドコインのトークンは発行されない。

世界展開を目指す

2年半前、ワールドコインのプロジェクトは人々に虹彩をスキャンしてもらう際に、だますようなやり方や不当に利用するような手法をとっていたとして調査を受けた。当時、ブラニアはこの無謀な行動について、まだ組織が「スタートアップ期」にあったためだと説明している。

『WIRED』とのインタビューでブラニアは、より厳密な同意のプロセスを構築するために「あらゆる施策」を実施していると話している。その一環として、ワールドが展開するすべての市場に「運営チーム」を配置することが含まれているとも語った。また、ワールドのアプリには製品の使い方に関する「説明」を掲載する見通しだと話している。

「繰り返しますが、データをどこか一カ所にまとめて保存することはありません」とブラニアは語る。

このサービスは2023年、生体データの保存や利用方法に関する懸念から、ドイツブラジルインド韓国、ケニアの政府による調査を受けている。ケニアはワールドコインの登録を完全に停止し、韓国は同社に罰金を科した。また、同社はインド、ブラジル、フランスで自主的にワールドコインのサービスを停止している。

とはいえ、ケニアでは「近いうちに」サービスを再開できる見通しだとブラニアは話す。

Rappiとの提携によるOrbの宅配など、ラテンアメリカでの市場拡大に注力している点について記者会見で質問された際、ラテンアメリカをほかの地域よりも優先しているという見方をブラニアは否定した。

「わたしたちのリソースは限られており、物事には適した順序があります」とブラニアは話す。「アジアやほかの地域にも同様に注力しています。例えば、アルゼンチンはわたしたちにとって急成長している市場で、非常に期待しています」

「しかし、プロジェクトの名前の通り、目指すのは『ワールド』です」とブラニアは付け加えている。

基調講演後、アルトマンは記者会見の場に駆け込んできた。手を振り、滞在できないことを謝罪すると、まるで国家元首のようにすっと姿を消した。

(Originally published on wired.com. Translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

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雑誌『WIRED』日本版 VOL.54
「The Regenerative City」

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