紀伊局
生没 ?-1166(永万2)
生地
実父 藤原兼永
実母
別称 紀二位、朝子
略伝
信西の妻。
鳥羽天皇の中宮璋子(待賢門院)に仕え、その皇子雅仁親王(後白河天皇)の乳母を務める。
夫信西の画策により、1155(久寿2)年に雅仁親王が即位すると、夫とともに帝に重用され、1159(平治元)年には従二位に叙せられた。
配役
| 大塚道子(42) |
新・平家物語(1972・NHK) |
| 浅香 唯(43) |
平清盛(2012・NHK) |
鬼一法眼
略伝
『義経記』に登場する陰陽師(実在は不明)。
『義経記』では源義経と対立する役回りになっているが、人形浄瑠璃などでは京都鞍馬寺で幼い義経に武芸を教えたとされている。
配役
| 市川莚十郎(48) |
牛若丸(1917・天活) |
| 市川瓢蔵 |
牛若丸(1925・帝キネ) |
| 荒木 忍(50) |
牛若丸(1941・新興) |
| 美輪明宏(70) |
義経(2005・NHK) |
喜入摂津
生没 1819(文政2)-1893(明治26)
生地 薩摩国
実父 喜入久通
実母 島津忠厚女
別称 喜入久高
略伝
薩摩藩(島津家)に仕える。
1861(文久元)年、家老島津下総を罷免した島津久光により家老に抜擢される。小松帯刀らの輔佐を受けて翌年の生麦事件や薩英戦争に対処し、1868(明治元)年からの戊辰戦争にも出陣した。
配役
義 円
生没 1155(久寿2)-1181(養和元)
生地 山城国?
別称 乙若
略伝
源義朝の八男。
源義経の兄。父義朝が1159(平治元)年の平治の乱で敗れたため、母常盤らとともに平清盛に捕縛されたが、許されて八条宮円恵法親王(後白河天皇の皇子)の坊官となる。
1181(寿永元)年、尾張での叔父行家の挙兵に加わったが、尾張・美濃国境の墨俣川にて平氏方の軍勢と戦って討死した。
配役
| 林田 賢 |
好色源平絵巻(1977・映画) |
| 吉山 祐 |
武蔵坊弁慶(1986・NHK) |
| 勝木翔馬 |
源義経(1991・NTV) |
| 稲木リオ |
五条霊戦記 GOJOE(2000・東宝) 役名は遮那王の兄二 |
| 吉川史樹(8) |
義経(2005・NHK) |
| 荒川 槙 |
平清盛(2012・NHK) |
| 成 河(41) |
鎌倉殿の13人(2022・NHK) |
義 演
生没 1558(永禄元)-1626(寛永3)
生地 山城国
実母 位子女王(貞敦親王女)
略伝
二条晴良の子。
京都醍醐寺80代座主となり、豊臣秀吉や実家二条家などの援助により醍醐寺を復興し、醍醐寺中興の祖といわれた。
配役
祇 王
生没 ?-1172(承安2)?
生地 近江国
実父 江部時久
実母
別称 妓王
略伝
妹祇女とともに京都で白拍子としてその名を知られる。
やがて妹とともに平清盛の目に留まってその寵愛を受けたが、次第にその寵愛が仏御前に移ると、妹らとともに出家したという。
配役
| 石上 都 |
武蔵坊弁慶(1942・東宝) |
| 波乃久里子(27) |
新・平家物語(1972・NHK) |
| 山科ゆり(24) |
壇の浦夜枕合戦記(1977・映画) |
| 菅原園美 |
雪の華(1982・TBS) |
| 岸田今日子(61) |
源義経(1991・NTV) |
| 尾上 紫(38) |
平清盛(2012・NHK) |
木川松蔵
生没 1839(天保10)-1919(大正8)
生地
実父 谷五郎
実母
略伝
河井継之助の下僕。
1868(明治元)年8月、会津に逃れる途中での継之助の最期を見届け、遺骨を故郷越後長岡に持ち帰る。その後、継之助の命日には墓参を欠かさなかったという。
配役
| 青山哲也(37) |
花神(1977・NHK) |
| 荒川良々(31) |
河井継之助 駆け抜けた蒼龍(2005・NTV) |
| 永山絢斗(33) |
峠 最後のサムライ(2022・松竹) |
菊
生没 1558(永禄元)?-1604(慶長9)
生地
略伝
武田信玄の五女。
1578(天正6)年、異母兄武田勝頼と上杉景勝との間に同盟が成立した際、景勝に嫁ぐ。
後に景勝が豊臣秀吉に臣従するとその人質として伏見の上杉邸に移った。
配役
伊藤かずえ(20)
岡崎由喜枝
小泉朋子 |
おんな風林火山(1986・TBS) 長篠の戦いに出陣 |
| 八木優希(7) |
風林火山(2007・NHK) |
| 比嘉愛未(23) |
天地人(2009・NHK) |
菊
略伝
真田昌幸の子。
真田信之・幸村の妹。はじめ豊臣家家臣宇多頼次に嫁ぐが、1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いの際、石田三成の本拠近江佐和山城で討死したため、後に滝川三九郎に再嫁した「。
配役
岡田有希子(18)
西田有里 |
真田太平記(1985・NHK) |
菊
略伝
黒田長政の長女。
黒田家家臣井上九郎右衛門の長男庸名に嫁いだ。
配役
菊王丸
略伝
平教経に仕える。
1185(文治元)年2月、源氏勢との屋島の戦いで佐藤忠信に討たれた。
配役
| 市川銀之助(15) |
源義経(1966・NHK) |
| 高橋浩二郎(25) |
源義経(1991・NTV) |
菊亭晴季
生没 1539(天文8)-1617(元和3)
実父 今出川公彦
実母
別称 今出川晴季
略伝
朝廷に出仕し、侍従などを務め、1548(天文17)年に従三位に叙せられて公卿に列する。
その後、内大臣などを経て、1585(天正13)年には右大臣に任ぜられる。羽柴秀吉と懇意で、秀吉の関白就任を斡旋するなどして朝廷内で権勢を高めたが、1595(文禄4)年、子の一の台をその側室に差し出していた関白豊臣秀次が失脚した際、これに連座して越後へ流される。
翌年には赦免され、1598(慶長3)年に右大臣に還任。1603(慶長3)年までこれを務めた。
配役
季瓊真蘂
生没 1401(応永8)-1469(文明元)
生地 播磨国
実父 上月氏
実母
略伝
1435(永享7)年に僧録と幕府との連絡役に過ぎなかった蔭涼職となり、やがて将軍に近侍して寺社行政に介入。1441(嘉吉元)年に一族の赤松満祐が将軍足利義教を殺害すると、いったん同職を退いたが、1458(長禄2)年に再任されて将軍足利義政の側近くに仕え、将軍継嗣問題などに容喙する。
1466(文正元)年、細川勝元の圧力により、同じく義政の側近だった政所執事伊勢貞親らとともに失脚し(文正の政変)、翌1467(応仁元)年から応仁の乱では、戦火を避けて近江に逃れた。
配役
喜 佐
生没 1598(慶長3)-1655(明暦元)
生地 摂津国
実母 月照院(三谷長基女)
略伝
結城秀康の次女。
1610(慶長15)年、叔父徳川秀忠の養女として長州藩世子毛利秀就に嫁いだ。
配役
喜三太
略伝
源義経の家臣。『義経記』に登場する創作人物。
配役
| 川崎猛夫(41) |
静御前(1938・新興) 役名は佐喜太 |
| 中野雅晴① |
源義経(1955・映画) |
| 中野雅晴② |
続源義経(1956・映画) |
| 常田富士男(29) |
源義経(1966・NHK) |
| 中村吉三郎(37) |
武蔵坊弁慶(1986・NHK) |
| 武田真治(19) |
源義経(1991・NTV) |
| 伊藤淳史(22) |
義経(2005・NHK) |
貴 子
生没 ?-996(長徳2)
生地 山城国?
実父 高階成忠
実母
略伝
藤原道隆の妻。
藤原伊周・隆家兄弟の母。和歌に秀で『新古今和歌集』などにその歌が撰ばれた。
配役
嬉 子
生没 1007(寛弘4)-1025(万寿2)
生地 山城国
略伝
藤原道長の六女。
1021(寛仁5)年に入内し、皇太子敦良親王(後朱雀天皇)に仕える。1025(万寿2)年8月に皇子(後冷泉天皇)を出産するが、ほどなくして没した。
配役
瀧 七海(19)
太田結乃(12)
平尾瑛茉 |
光る君へ(2024・NHK) |
岐秀元伯
略伝
尾張瑞泉寺などで修行を積む。
武田晴信(信玄)の母に甲斐へ招かれて甲府に長禅寺を開き、晴信の幼少期からこれに学問などを教授。晴信の出家時には「信玄」の法名を与えたという。
配役
| 内藤武敏(62) |
武田信玄(1988・NHK) |
| 小池 栄(79) |
風林火山(2007・NHK) |
祇 女
略伝
姉(祇王)とともに京都で白拍子としてその名を知られる。
やがて姉とともに平清盛の目に留まってその寵愛を受けたが、次第にその寵愛が仏御前に移ると、姉らとともに出家した。
配役
| 轟美津子 |
武蔵坊弁慶(1942・東宝) |
| 栗田幸子 |
新・平家物語(1972・NHK) |
| 斉藤真理子 |
雪の華(1982・TBS) |
| 花影アリス(28) |
平清盛(2012・NHK) |
喜 多
生没 1539(天文8)-1610(慶長15)
生地
実母 直子(本沢真直女)
別称 政岡
略伝
伊達政宗の乳母。
政宗の乳母を務めた後、その正室愛付となり、愛が京都聚楽第に移されるとこれに従うが、政宗の怒りを買って蟄居を命じられ、異父弟片倉景綱のもとに身を寄せた。
配役
き た
略伝
直江兼続の妹。
上杉家の家臣須田満胤に嫁ぐが、1597(慶長2)年に満胤が伏見城普請の不始末により放逐されると、子の満統とともに上杉家の家臣本庄繁長を頼った。
配役
喜多七太夫
生没 1586(天正14)-1653(承応2)
生地
実父 内堀道春?
実母
別称 喜多長能、北七大夫
略伝
能楽喜多流の祖。
はじめ金剛太夫弥一の養子となるが、後に金春大夫安照の女婿となる。
1614(慶長19)年からの大坂の陣で大坂城に入って豊臣方に属したため、翌年の大坂城落城により逃亡。1619(元和5)年ごろに赦免され、能役者として復帰し、将軍徳川秀忠などに好んで招かれた。
配役
| 16喜多六平太(63) |
独眼竜政宗(1987・NHK) |
北尾重政
生没 1739(元文4)-1820(文政3)
生地 武蔵国
実父 須原屋三郎兵衛
実母
略伝
江戸の本屋に生まれる。
書や絵画に秀で、絵本類に多数の作品を残した。
配役
北条高広
生没 1517(永正14)?-1587(天正15)?
生地
実父 北条高定?
実母
別称 北条丹後守
略伝
長尾為景に属し、後にその子景虎(上杉謙信)に仕えるが、1554(天文23)年に武田信玄の誘いを受けて景虎に対し挙兵。しかし、ほどなくして景虎に降伏して帰参して各地を転戦し、北条家への抑えとして上野厩橋城主などを務める。
1567(永禄10)年、武田勢や北条勢の上野への侵攻が進むと、他の国人らとともに上杉家より離反して北条家に寝返る。しかし、1569(永禄11)年後の上杉家と北条家の和睦により再び上杉家に帰参し、1574(天正2)年に隠居した。
1578(天正6)年の謙信の没後、上杉景勝と上杉景虎との間に家督争いが生じると、嫡男景広とともに景虎方に属するが、景虎が敗れて自害し、景広も横死したため、武田勝頼の傘下に入る。1582(天正10)年3月の武田家滅亡後は、甲斐・上野に進出した滝川一益に、同年の6月の一益の退去後は、厩橋城を明け渡して再び北条家に属したという(武田家滅亡後、景勝のもとに帰参したとする説もある)。
配役
| 和崎俊也(31) |
天と地と(1969・NHK) |
| 西岡徳馬(42) |
武田信玄(1988・NHK) |
| 南雲勇助(42) |
天と地と(1990・東映) |
| 新井康弘(53) |
天地人(2009・NHK) |
北添佶磨
生没 1835(天保6)-1864(元治元)
生地 土佐国
実父 北添与五郎
実母
別称 北添佶摩
略伝
土佐で代々庄屋を務める家に生まれ、父与五郎から庄屋職を継承する。
後に高知に出て尊王攘夷思想に触れ、次第にこれに傾斜し、1861(文久元)年には武市半平太の土佐勤王党に加盟。その後、諸国を歩いて各地の志士と交流していたが、1864(元治元)年6月、京都池田屋で尊王攘夷派の志士たちと会談中、新選組に襲撃され、殺害された(自害とも)。
配役
吉
生没 1841(天保12)-1890(明治23)
生地 尾張国
実父 斎藤市兵衛
実母 きわ
別称 唐人お吉
略伝
伊豆下田で芸者をしていた1857(安政4)年、アメリカ総領事ハリスの看護という名目で幕府によりハリスのもとへ差し出される。ハリスが快復すると解雇されたが、やがて外国人と交わったとの噂が立って下田に居づらくなったといわれ、1868(明治元)年に芸者を辞め、後にかつての許婚鶴松と結婚した。
しかし、後に鶴吉と離婚し、各地を転々としてやがて落魄。1890(明治23)年5月、下田で自死した。
配役
| 琴 糸路(19) |
唐人お吉(1930・河合) |
| 梅村蓉子(26) |
唐人お吉(1930・日活) |
| 飯塚敏子(17) |
唐人お吉(1931・松竹) |
| 1水谷八重子(30) |
唐人お吉(1935・新興) |
| 花井蘭子(19) |
唐人お吉 黒船情話(1937・日活) |
| 田中絹代(30) |
新釈 唐人お吉 焚身篇(1939・松竹) |
| 山田五十鈴(37) |
唐人お吉(1954・映画) |
| ミス・ワカサ(36) |
歌う弥次喜多黄金道中(1957・松竹) |
| 小畠絹子(28) |
日本ロマンス旅行(1959・新東宝) |
| 山田五十鈴(42) |
女人哀詞(1959・NHK) |
| 水谷良重(22) |
桜田門(1961・大映) |
| 千之赫子(29) |
唐人お吉(1963・NHK) |
| 大江美智子(53) |
唐人お吉(1963・NTV) |
| 朝丘雪路(28) |
花の生涯(1963・NHK) |
| 美空ひばり(28) |
唐人お吉(1965・TBS) |
| 江波杏子(32) |
花の生涯(1974・NTV) |
| 谷ナオミ(28) |
残酷縛絵伝奇(1976・映画) |
| 佐久間良子(41) |
愛は海鳴りのごとく(1980・YTV) |
| 名取裕子(27) |
ねずみ小僧怪盗伝(1984・映画) |
| 坂口良子(32) |
必殺仕事人ワイド 大老殺し(1987・ABC) |
| 水島かおり(24) |
花の生涯(1988・TX) |
| 麻生真宮子(36) |
山田風太郎からくり事件帖(2001・NHK) |
吉 次
生没
生地
実父
実母
別称 金売り吉次、吉次信高
略伝
藤原秀衡の御用商人だったとみられ、『義経記』などにその名を残す。
陸奥の金を京都で取引していたといい、このことから「金売り吉次」と称されていたという。
1174(承安4)年ごろ、源義朝の遺児で京都鞍馬にあった牛若丸(義経)を陸奥平泉に迎えたとされている。
配役
| 片岡紅三郎 |
牛若丸(1925・帝キネ) |
| 大辰一郎 |
牛若丸(1941・新興) |
| 香川良介(56) |
牛若丸(1952・映画) |
| 龍崎一郎①(43) |
源義経(1955・映画) |
| 龍崎一郎②(44) |
続源義経(1956・映画) |
| 大邦一公(62) |
源九郎義経(1962・東映) |
| 須賀不二男(46) |
弁慶(1965・NTV) |
| 加東大介(55) |
源義経(1966・NHK) |
| 日下武史(36) |
新・平家物語(1972・NHK) |
| 寺尾 聰(39) |
武蔵坊弁慶(1986・NHK) |
| 島田陽子(37) |
源義経(1990・TBS) |
| 五代高之(35) |
源義経(1991・NTV) |
| 藤沢徹夫 |
源氏九郎颯爽記 秘剣揚羽の蝶(1991・ANB) |
| 紺野美沙子(33) |
炎立つ(1993・NHK) 役名は橘似 |
| 4市川左団次(65) |
義経(2005・NHK) |
| 久保田武人(36) |
義経のスマホ(2022・NHK) |
吉 乃
生没 1528(享禄元)?-1566(永禄9)
生地
実母 富子
別称 吉野
略伝
はじめ土田弥平次に嫁いでいたがこれと死別し、実家の生駒屋敷に戻っていたところを織田信長に見初められ、その側室に上がったという。
信長の寵愛を最も受けたとされ、信長との間に信忠、信雄、五徳をもうけたが、1566(永禄9)年5月に没した。
配役
鬼頭熊次郎
生没 1827(文政10)-1868(明治元)
生地 越後国
実父 鬼頭政之
実母 隅野氏女
別称 鬼頭正業
略伝
越後長岡藩(牧野家)に仕える。
1868(明治元)年7月、長岡へ侵攻した新政府軍と交戦し、八丁沖でこれを撃破する戦功を挙げたが、突撃の途中、新政府軍の放った銃弾を受けて討死した。
なお、八丁沖での勝利を受け、長岡藩の軍勢は、新政府軍に奪われていた長岡城を一時奪回することに成功している。
配役
木梨精一郎
生没 1845(弘化2)-1910(明治43)
生地 長門国
実父 木梨彦右衛門
実母
略伝
長州藩(毛利家)に仕える。
1868(明治元)年からの戊辰戦争では、東海道鎮撫総督府参謀として東下し、江戸城の接収などに当たり、その後は東北地方に転戦した。
維新後は陸軍に入って陸軍中佐となり、後に長野県知事、元老院議官、貴族院議員などを歴任した。
配役
木南加賀右衛門
略伝
はじめ播磨長水城主宇野政頼に仕えるが、政頼の子三郎が美作竹山城主新免宗貞の養子となって竹山城に入った際、内海孫兵衛ら5騎とともに、宗貫と称した三郎に付属せられ、以後、新免家に仕える。
後に宗貫が宇喜多家に属し、1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いに敗れて黒田長政に仕えると袂を分かち、細川忠興に仕えたという。
配役
錦
略伝
町火消を組の頭領の子に生まれる。
を組に弟子入りした新門辰五郎の妻となった。
配役
| 五味国枝(20) |
虎徹の斬れ味(1925・松竹) 役名はお関 |
| 川上弥生(24) |
火陣(1929・映画) |
| 梅村蓉子(37) |
男の火華 新門辰五郎(1941・松竹) |
| 大原麗子(52) |
徳川慶喜(1998・NHK) 役名はれん |
紀伊国屋文左衛門
生没 1669(寛文9)?-1734(享保19)?
生地 紀伊国
実父
実母
別称 紀文
略伝
故郷紀伊では若年で村長を務め、みかんを江戸で売り、塩鮭を持ち帰って富を得たという。元禄年間(1688~1704)初期に江戸に移り住んで幕府の材木御用達を務め、数多くの仕事を請け負って一代で巨万の富を築いたとされ、特に四代目奈良屋茂左衛門との江戸吉原を舞台にした贅沢合戦は広く世に知られた。
正徳年間(1711~1715)ごろに材木商を廃業して隠棲。やがて伝説化し、歌舞伎役者二朱判吉兵衛作「大尽舞」に描かれる。その後、河村瑞賢の伝説と融合し、初代が火事によって材木を捌き巨万の富を得たものの、二代目がそれを使い果たすという俗説が生まれた。
配役
喜 八
略伝
名古屋の畳職人。
遊女小さんと恋仲になって夫婦の約束をしたが、自身の親がこれを認めなかったために狂言心中を企て、1733(享保18)年、名古屋日置村の闇森八幡社で心中未遂事件を起こす。法により2人は3日の間晒し者になったが、着飾って朱筵に座り、評判となる。その後、罪を問われぬまま親元へ返され、2人は夫婦となって男子をもうけたという。
当時名古屋に滞在していた浄瑠璃師の宮古路豊後掾がこの事件を題材に「おさん伊八睦月連理椿」を書き下ろし、翌1734(享保19)年に名古屋広小路で初演し大評判となる。豊後掾は江戸でも上演し、豊後節と称されるほどの当たりを得たが、1739(元文4)年に将軍徳川吉宗の命による心中物演芸の取締りにより、上演禁止となった。
配役
木原泰雲
略伝
薩摩藩(島津家)に医師として仕える。
1866(慶応2)年、伏見寺田屋を奉行所の役人に踏み込まれて負傷した坂本龍馬の治療に当たった。
配役
| 田島義文(50) |
竜馬がゆく(1968・NHK) |
| 花王おさむ(51) |
龍馬伝(2010・NHK) |
木俣守勝
生没 1555(弘治元)-1610(慶長15)
生地 三河国
実父 木俣守時
実母
略伝
徳川家康に仕えていたが(一時期明智光秀の家臣となる)、後に井伊直政に付属させられる。
1590(天正18)年の家康の関東入りの際、直政が上野箕輪城主となると、3000石を与えられ、1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いの後、直政が近江佐和山(後の彦根)に封じられるとこれに従い、家老として初期の彦根藩政を支えた。
配役
久兵衛
略伝
赤穂四十七士が吉良上野介邸への討入り直前に滞在したそば屋の主人(実際にはうどん屋)。
配役
| 市川芝喜蔵(29) |
実録忠臣蔵(1921・日活) 役名はそば屋〆助 |
| 市川鬼久十郎(42) |
実録忠臣蔵(1922・牧野) 役名はそば屋の親父 |
| 尾上鶴五郎 |
元禄快挙 大忠臣蔵(1930・日活) 役名は楠屋九兵衛 |
| 杉 狂児①(35) |
忠臣蔵(1938・日活) |
| 杉 狂児②(54) |
赤穂義士(1957・映画) |
| 杉 狂児③(56) |
忠臣蔵(1959・東映) |
| 藤原釜足(57) |
忠臣蔵(1962・東宝) 役名は楠屋久兵衛 |
| 2桂小金治①(45) |
大忠臣蔵(1971・NET) |
| 2桂小金治②(53) |
赤穂浪士(1979・ANB) |
| 原 哲男(55) |
大忠臣蔵(1989・TX) |
| 纓片達雄(60) |
忠臣蔵(1991・CX) |
| 坂本あきら(50) |
元禄繚乱(1999・NHK) |
| 玉生司朗(69) |
忠臣蔵 決断の時(2003・TX) |
清
生没 1666(寛文6)-1727(享保12)
生地
実母
別称 本多忠義女
略伝
松平頼純の子。
1691(元禄4)年に井上正岑に嫁いだ。
配役
許 筬
生没 1548(天文17)-1612(慶長17)
生地
実父 許曄
実母
別称 ホ・ソン
略伝
李氏朝鮮の役人。
1590(天正18)年に朝鮮通信使の書状官として来日し、豊臣秀吉の引見を受ける。日本では藤原惺窩との交流があったという。
配役
| 佐々木孝丸(80) |
黄金の日日(1978・NHK) |
羌 世昌
略伝
995(長徳元)年に若狭に来航。越前では当時の越前守藤原為時との交流があった。
配役
卿 局
生没 1155(久寿2)-1229(寛喜元)
生地
家系 藤原範兼
実父
実母
別称 兼子、卿二位
略伝
姉範子とともに後鳥羽天皇の乳母を務める。
帝が院政を開始すると位階累進し、1207(建永2)年には従二位に叙せられる。この間の1199(正治元)年には権大納言藤原宗頼の後室となり、1203(建仁3)年の死別後には藤原(大炊御門)頼実に再嫁。将軍源実朝の正室に坊門信清の娘信子を斡旋するなど、朝廷・幕府間の周旋にも尽力したが、1221(承久3)年の承久の乱に敗れた後鳥羽院が隠岐に流されると立場を失った。
配役
恭雲院
(実名は未詳)
生没 ?-1593(文禄2)?
生地
実父 河原氏
実母
略伝
真田幸隆の妻。河原隆正の妹。
配役
| 鮎川いずみ(40) |
武田信玄(1991・TBS) |
| 清水美砂(37) |
風林火山(2007・NHK) 役名は忍芽 |
| 草笛光子(83) |
真田丸(2016・NHK) 役名はとり |
行田重治
生没 1900(明治33)-1930(昭和5)
生地 長野県
実父
実母
略伝
早稲田大在学中の1920(大正9)年に開催された第1回箱根駅伝に出場し、第1区を走る。
卒業後は東京日日新聞社に入り、運動記者として将来を嘱望されていたが、1930(昭和5)年8月、都市対抗野球観戦中に急死した。
配役
教 如
生没 1558(永禄元)-1614(慶長19)
生地 摂津国
略伝
顕如の長男。
1570(元亀元)年からのいわゆる石山戦争では、父顕如とともに織田信長に激しく抗戦。1580(天正8)年、顕如が信長と和睦した際にもこれに反対し、顕如より義絶される。その後、顕如とともに京都へ移り、1592(文禄元)年の顕如の没後に本願寺12世門主となるが、義絶の際に後嗣と定められた弟准如との間に対立を生じ、翌年には豊臣秀吉の命より隠退させられた。
1598(慶長3)年の秀吉没後は徳川家康の保護を受け、京都烏丸七条に本願寺(東本願寺)を建立して真宗大谷派を開いた。
配役
刑部卿局
生没 1570(元亀元)-1661(寛文元)
生地
実母
略伝
千の乳母を務め、千が豊臣秀頼に嫁した際、これに従って大坂城に入る。
1615(元和元)年5月の大坂落城時には千とともに大坂城から脱出(一説に大坂落城時に千の脱出に反対して自害を主張したため、他の侍女らに斬殺されたとも)。以後も千の側近くに仕えた。
配役
慶 命
生没 965(康保2)-1038(長暦2)
生地
実父 藤原孝友
実母
略伝
比叡山延暦寺に入って出家し、法性寺座主などを歴任。1028(万寿5)年には天台座主に就任し、1031(長元元)年には大僧正となった。
なお、1012(寛弘9)年に藤原顕信が突如として出家した際には、その戒師を務めた。
配役
京屋忠兵衛
生没 1811(文化8)-1868(明治元)
生地
実父
実母
略伝
大坂の船宿京屋の主人。
新選組に大坂での定宿として用いられ、1868(明治元)年に新選組が京都から大坂に撤退した際にも京屋がその宿舎となった。
配役
| 木田三千雄(65) |
新選組始末記(1977・TBS) |
| 伊藤 高(54) |
壬生義士伝(2002・TX) |
| 横山あきお(74) |
新選組!(2004・NHK) |
行 祐
略伝
山城愛宕山威徳院西之坊の住持。
1582(天正10)年の本能寺の変の直前に催された、明智光秀の愛宕百韻連歌に加わった。
配役
| 北沢 彪(62) |
国盗り物語(1973・NHK) |
| 北九州男(55) |
春日局(1989・NHK) 役名は西の坊 |
聖 子
生没 1122(保安3)-1181(養和元)
生地 山城国?
実母 宗子(藤原宗通女)
別称 皇嘉門院
略伝
藤原忠通の長女。
1129(大治2)年に崇徳天皇の女御に上がり、翌年には中宮となる。1141(永治元)年の帝の譲位により皇太后となり、1150(久安6)年には院号宣下を受け、以後、皇嘉門院を称した。
配役
清 子
生没 1270(文永7)?-1342(興国3・康永元)
生地 丹波国
実父 上杉頼重
実母
略伝
足利貞氏の側室。足利尊氏の母。
配役
清 子
略伝
鷹司政通の妻。徳川斉昭の姉。
配役
清瀬一郎
生没 1884(明治17)-1967(昭和42)
生地 兵庫県
実父 清瀬一寿
実母
略伝
京都帝大を卒業(独法科首席)後、弁護士業を営んでいたが、1920(大正9)年の衆議院議員総選挙で当選して政界に転身。後に衆議院副議長などを務める。
太平洋戦争後に公職から追放されたが、極東国際軍事裁判で日本側弁護団副団長、東条英機の主任弁護人を務め、「戦争責任は一方のみにあるのではない」とする自衛戦論を主張した。
1952(昭和27)年の衆議院議員総選挙で当選して政界に復帰。第三次鳩山一郎内閣で文相を務めた後、安保闘争で混乱する1960(昭和35)年には衆議院議長となった。
配役
霧隠才蔵
略伝
真田幸村に仕えた十勇士の一(架空の人物)。
配役
| 2尾上松之助①(40) |
霧隠才蔵(1915・日活) |
| 2尾上松之助②(44) |
霧隠才蔵(1919・日活) |
| 市川莚十郎(51) |
岩見重太郎と霧隠才蔵(1920・帝キネ) |
| 2尾上松之助③(45) |
霧隠と猿飛(1920・日活) |
| 嵐 璃徳(47) |
霧隠才蔵(1922・帝キネ) |
| 2尾上松之助④(47) |
霧隠才蔵(1922・日活) |
| 実川延一郎①(47) |
幸村と大助(1922・日活) |
| 片岡市太郎(23) |
大阪守護の霧隠(1923・マキノ) |
| 実川延一郎②(49) |
拳骨と忍術(1924・日活) |
| 久米 譲(28) |
大久保彦左衛門(1927・日活) |
| 4沢村国太郎(26) |
真田十勇士(1931・マキノ) |
| 正木喬一郎 |
猿飛漫遊記(1932・協立) |
| 河津清三郎(26) |
猿飛薩摩飛脚(1934・新興) |
| 綾小路絃三郎(24) |
霧隠忍術旅(1935・エトナ) |
| 桜田 勇 |
忍術大阪城(1936・映画) |
| 大谷日出夫①(28) |
忍術霧隠才蔵(1937・新興) |
| 大谷日出夫②(29) |
忍術江戸荒し(1938・新興) |
| 秋葉陽之助 |
忍術関ヶ原 猿飛佐助(1938・映画) |
| 市川寿三郎(34) |
忍術廻国三勇士(1939・映画) |
| 立松 晃(28) |
花嫁剣法(1941・映画) |
| 杉 狂児(51) |
真田十勇士(1954・映画) |
| 内海突破(40) |
猿飛佐助(1955・日活) |
| ハーリー長谷川 |
忍術真田城(1957・NTV) |
| 小笠原竜三郎 |
風雲急なり大阪城 真田十勇士総進軍(1957・新東宝) |
| 中原 伸 |
忍術武者修行(1960・松竹) |
| 山城新伍①(23) |
忍術大阪城(1961・東映) |
| 山城新伍②(23) |
忍術真田城(1961・東映) |
| 3市川団子(22) |
大坂城物語(1961・東宝) |
| 渡辺美佐子(31) |
真田風雲録(1963・映画)役名はお霧 |
| 8市川雷蔵①(33) |
忍びの者 霧隠才蔵(1964・大映) |
| 8市川雷蔵②(33) |
忍びの者 続霧隠才蔵(1964・大映) |
| 高田夕紀夫(25) |
風雲真田城(1964・ABC) |
| 石原慎太郎(33) |
異聞猿飛佐助(1965・映画) |
| 8市川雷蔵③(34) |
忍びの者 伊賀屋敷(1965・大映) |
| 日下武史(30) |
真田幸村(1966・TBS) |
| 8市川雷蔵④(35) |
忍びの者 新・霧隠才蔵(1966・大映) |
| 篠田三郎(24) |
熱血猿飛佐助(1972・TBS) |
| 原田大二郎(32) |
忍術猿飛佐助(1976・映画) |
| 寺田 農(37) |
真田幸村の謀略(1979・東映) |
| 倉田保昭(34) |
猿飛佐助(1980・NTV) |
| 三浦浩一①(27) |
風神の門(1980・NHK) |
| 誠 直也(34) |
おんな霧隠才蔵 戦国忍者風雲録(1982・CX) おんな霧隠才蔵は浅野ゆう子(22) |
| 井上昭文(55) |
柳生十兵衛あばれ旅(1982・ANB) |
| 三浦浩一②(36) |
風雲!真田幸村(1989・TX) |
| 国生さゆり(32) |
家康が最も恐れた男 真田幸村(1998・TX) |
| 吉岡毅志①(25) |
猿飛佐助 闇の軍団(2004・映画) |
| 吉岡毅志②(26) |
猿飛佐助 II 闇の軍団(2005・映画) |
| 本田博太郎(56) |
大帝の剣(2007・東映) 役名は霧の才蔵 |
大沢たかお(41)
佐藤 健(20)
林 凌雅(11) |
GOEMON(2009・松竹) |
| 姜 暢雄(37) |
石川五右衛門(2016・TX) |
| 松坂桃李(28) |
真田十勇士(2016・松竹) |
桐野利秋
生没 1838(天保9)-1877(明治10)
生地 薩摩国
実父 中村兼秋
別称 中村半次郎
略伝
1852(嘉永5)年、薩摩藩江戸詰の身分だった父兼秋が職務上の不始末の責任を問われて徳之島に流されると、一家は困窮を極めたという。
その後、薩摩藩(島津家)に仕え、西郷吉之助らの下で国事に奔走し、その過激な行動から「人斬り半次郎」の異名をとる。1868(明治元)年からの戊辰戦争では西郷に従って東下。駿府での西郷と山岡鉄舟の会見、江戸での西郷と勝海舟の会見にいずれも西郷の護衛として同行し、その後、東北地方に転戦して会津藩の降伏などに立ち会った。
1871(明治4)年、西郷の率兵上京に従い、陸軍大佐となる。その後、熊本鎮台司令長官に任ぜられたが、1873(明治6)年に西郷が征韓論に敗れて下野すると、これに従って鹿児島に戻り、私学校の設立に当たって人材育成に尽力する。
1877(明治10)年の西南戦争では、薩軍四番大隊長として出陣するが、熊本まで進出した後は敗戦を重ね、西郷とともに鹿児島へ戻って城山に立て籠もり、同年9月24日、城山総攻撃を仕掛けた政府軍と戦って討死した。
配役
| 南 光明(27) |
大西郷の死(1922・松竹) |
| 市川百々之助(19) |
桐野利秋(1925・アシヤ) |
| 片岡童十郎(42) |
近藤勇(1925・映画) |
| 松本龍之助 |
勤王か佐幕か(1926・帝キネ) |
| 押本映治(27) |
白虎隊(1927・映画) |
| 雲井龍之介(24) |
王政復古(1927・東亜) |
| 沢田 清(22) |
維新の京洛(1928・日活) |
| 小金井勝①(27) |
西南戦争(1929・映画) |
| 中山介二郎 |
江戸城総攻め(1930・帝キネ) |
| 堀 正夫(26) |
薩南総動員(1930・映画) |
| 尾上華丈(33) |
辻斬の男(1931・映画) |
| 杉山昌三九(25) |
恋の長銃(1931・日活) |
| 阪東国太郎 |
馬上豊かに美少年(1932・映画) |
| 片岡千恵蔵①(30) |
風雲 前篇(1933・千恵プロ) |
| 片岡千恵蔵②(30) |
風雲 後篇(1933・千恵プロ) |
| 阪東太郎(30) |
鞍馬天狗 鉞り首暗躍編(1934・寛プロ) |
| 小金井勝②(33) |
月形半平太(1935・寛プロ) |
| 志村 喬(30) |
薩摩隼人(1935・映画) |
| 市川百々之助(31) |
恩讐巡礼歌(1937・映画) |
| 原聖四郎①(33) |
勤王田舎侍(1937・映画) |
| 光岡龍三郎(38) |
西郷と益満(1939・映画) |
| 高峰富士男 |
南国回天記(1941・映画) |
| 岩国 勝 |
維新の曲(1942・大映) |
| 原聖四郎②(38) |
大村益次郎(1942・新興) |
| 瀬川恭助 |
鞍馬天狗 斬り込む(1953・東宝) |
| 黒川弥太郎(44) |
花の白虎隊(1954・大映) |
| 高田 稔(56) |
双竜あばれ雲(1955・映画) |
| 明智十三郎(31) |
飛竜鉄仮面(1957・映画) |
| 花柳武始(33) |
西郷と豚姫(1959・NHK) |
| 2尾上松緑(46) |
熱風(1959・NET) |
| 浅香春彦(27) |
新選組始末記(1961・TBS) |
| 土屋嘉男(35) |
吹けよ川風(1962・NTV) |
| 友田 輝 |
長脇差忠臣蔵(1962・大映) |
| 小田部通麿(37) |
新選組血風録 近藤勇(1963・東映) |
| 南 道郎(37) |
西郷隆盛(1963・NHK) |
| 中村友隆(23) |
西郷隆盛(1964・CX) |
| 外山高士(34) |
幕末(1964・TBS) |
| 城健三朗(35) |
風雲児半次郎(1964・MBS) |
| 冨田浩太郎(39) |
明治大帝御一代記(1964・映画) |
| 高木 均(40) |
新選組血風録(1965・NET) |
| 轟 謙二(34) |
明治天皇(第1部)(1966・YTV) |
| 大山克巳(37) |
剣(白いかまきり)(1967・NTV) |
| 米倉斉加年(33) |
三姉妹(1967・NHK) |
| 橋本 功(27) |
竜馬がゆく(1968・NHK) |
| 松方弘樹(27) |
新・日本剣客伝(後藤又兵衛)(1969・NET) |
| 近衛十四郎(54) |
徳川おんな絵巻(1970・KTV) |
| 大瀬康一(35) |
怪談(新選組 呪いの血しぶき)(1972・MBS) |
| 名古屋章(43) |
薩摩おごじょ(1973・TBS) |
| 清水綋治(30) |
勝海舟(1974・NHK) |
| 外波山文明(27) |
竜馬暗殺(1974・映画) |
| 緒形 拳(37) |
狼よ落日を斬れ(1974・松竹) |
| 速水 亮(28) |
花神(1977・NHK) |
| 大門正明(28) |
命もいらず名もいらず 西郷隆盛伝(1977・TBS) |
| 宮口二郎(42) |
竜馬がゆく(1982・TX) |
| 松方弘樹(41) |
大奥(1983・KTV) |
| 勝野 洋(38) |
田原坂(1987・NTV) |
| 潮 哲也(41) |
勝海舟(1990・NTV) |
| 杉本哲太(25) |
翔ぶが如く(1990・NHK) |
| 伊藤敏八(44) |
幕末純情伝(1991・松竹) |
| 原田大二郎(54) |
新選組血風録(1998・ANB) |
| 木下ほうか(39) |
大奥(2003・CX) |
| 重松伴武(26) |
綺麗に咲いた(2003・映画) |
| 金澤 眞(40) |
オトコタチノ狂(2004・映画) |
| 榎木孝明(54) |
半次郎 HANJIRO(2010・映画) |
| 志村東吾(42) |
新選組血風録(2011・NHK) |
| 三上市朗(47) |
八重の桜(2013・NHK) |
大野拓朗(30)
中村瑠輝人(14) |
西郷どん(2018・NHK) |
| 金児憲史(43) |
燃えよ剣(2021・東宝) |
| 奥野瑛太(36) |
幕末相棒伝(2022・NHK) |
吟
略伝
千利休の子あるいはその後妻りきの連れ子で、万代屋宗安の妻となったという(諸説あり)。
一説に豊臣秀吉に側室に望まれ、利休がこれを拒んだことが1591(天正19)年の利休切腹の一因となったともされるが、利休の他の娘とするものや、そのこと自体を創作とするものもあり、定かではない。
配役
| 月園澄枝 |
戦国秘聞(1955・共和) |
| 扇 千景(27) |
お吟さま(1960・CX) |
| 2有馬稲子(30) |
お吟さま(1962・松竹) |
| 阪口美奈子(26) |
利休切腹(1963・NHK) |
| 佐久間良子(29) |
お吟さま(1968・NET) |
| 三田佳子(29) |
大坂城の女(1970・KTV) |
| 中野良子(28) |
お吟さま(1978・東宝) |
| 山本郁子(25) |
千利休とその妻たち(1983・KTV) |
| 古手川祐子(31) |
千利休 春を待つ雪間草のごとく(1990・MBS) |
| 真野響子(40) |
豪姫(1992・松竹) |
| 仲代奈緒(23) |
秀吉(1996・NHK) |
吟
生没
生地
実母 清光院(田原甚兵衛妻)?於政(新免武二妻・新免宗貞女)?率子(新免武二後妻・別所林治女)?
略伝
宮本武蔵の姉。
出身地と思われる美作宮本村で平尾与右衛門に嫁ぐ。1600(慶長5)年、宇喜多勢に属して関ヶ原の戦いに出陣した弟武蔵が、関ヶ原での敗戦により宮本村に戻ってきた際には、宇喜多勢の残党狩りに追われていた武蔵をおびき出すために日名倉山の山牢に幽閉されたといわれ、現在もその跡とされる場所が残っている。
配役
| 久松美津枝(22) |
宮本武蔵(1936・新興) |
| 深川波津子 |
宮本武蔵(1937・日活) |
| 風見章子(40) |
宮本武蔵(1961・東映) |
| 鳳八千代(37) |
宮本武蔵(1970・NET) |
| 入江若葉(32) |
宮本武蔵(1975・CX) |
新井春美(31)
青木ゆかり(16) |
宮本武蔵(1984・NHK) |
| 島かおり(44) |
宮本武蔵(1990・TX) |
| 菊池麻衣子(29) |
武蔵 MUSASHI(2003・NHK) |
| 遠藤久美子(41) |
武蔵(2019・映画) |
金原亭馬生
(十代目)
生没 1928(昭和3)-1982(昭和57)
生地 東京府
別称 美濃部清
略伝
五代目古今亭志ん生の長男。女優池波志乃の父。
父五代目志ん生に入門し、1949(昭和24)年に十代目馬生を襲名。父とは対照的な芸風で、古典落語の正統派として人気を集める。1978(昭和53)年からは落語協会の副会長も務めた。
配役
忻 都
略伝
モンゴル帝国(元国)の武将。
1271(文永8)年、高麗国内に三別抄の叛乱が起こるとその鎮圧に当たる。1274(文永11)年、1281(弘安4)年の2度にわたって元軍総司令官として日本に来襲したが、いずれも暴風雨に遭い、退却を余儀なくされた。
配役
| 島木三郎 |
国難(1920・映画) |
| 修 健(37) |
北条時宗(2001・NHK) |